9月10日 侍女の物語

10日は金曜日で、この1週間は通勤時間にずっとこの本を読んでいた。もう1週間かけて通勤時間で読んでもよかったけど、なんとなくこの週末に読み終えてしまいたい気分で、金曜日に読んだ。夜中3時までかけて。翌日〆切なのに。

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近未来のアメリカがキリスト教原理主義者に乗っ取られて成り立ったギレアデ共和国のなかで、女性は監視・管理されていた。主人公オブフレッドは司令官に隷属し、彼の子どもを産む役割である侍女を務めている。環境汚染のため五体満足の健康な子どもの生まれる確率は低い。逃げ出そうとすれば壁に吊るされて見せしめにされる。狂った世界のなかをオブフレッドの聡明さと気の確かさを頼りに歩き進めていくディストピアSF。

 

わたしがこの本を読もうと思ったのは好きな作家が「フェミニズムをこんなに面白く書けるのか」と言っていたから。そして同じ感想を持った。この本は面白い。今から35年前に出た本で、その時点にとっての未来である現在にとってこのディストピアが案外近しいところにある、のが面白い。まったく笑えない。たとえば出産は痛ければ痛いほうが尊いとか母乳最高とか。弱者に寄り添うことができず、進歩を遂げようとしているものをどうしても受け入れられないディストピア、現実とそう大差あると思えない。

それから冒頭の、全財産と仕事を失ったオブフレッドをなにも失っていない夫が取り合ってくれなかったシーンやフェミニストの母をすこしうっとうしく感じた思春期のシーンも、いまでもまったく変わらないありふれた構図だとおもう。オブフレッドは侍女になる前の、家族や友達とのありとあらゆる思い出をずっと忘れられずにいて、あの頃に帰りたいと切望するほどのすばらしいものとして振り返る。でもそんなすばらしい過去にひそんだ女性蔑視の匂いのようなものをオブフレッドも読み手も見つけ出す。最悪の状況に置かれてはじめて、あのそこはかとない、あれらを女性蔑視とも強くは言い切れないようないくつかの出来事を、点と点とで結びつけていく。最悪に至るまでの道筋をゆっくり辿るように。

 

常に最悪の状況のなかで、オブフレッドが希望を見出すのは過去のよかった思い出以外にも、モイラという友達の存在がある。わたしもモイラがだいすきだ。だから希望を持って読み進めることができたし、この物語のいい結末を信じたい。いま、この本を読むことができてよかった。そして誰かがフェミニズムに関心を持ったときに読む本が侍女の物語であったらいいなと思う。